2011年12月7日水曜日

この人だったのかぁ…

今日の山雅は練習後に、チーム全員で桐生にある故松田選手のお墓へ昇格の報告に行ったようですね。

さてちょっと日が空いてしまいましたが、月曜の信毎に掲載されていたこの記事。試合開始時のチャント「中央線」の作者が載っていました。(^_^)
ホーム戦開催時に裏方として尽力して下さっている、チームバモス代表の田中さんです。記事に依れば、2005年シーズンからチームバモスとして本格活動。それからずっと裏方に徹して、しかしアウェイ戦には恐らく全試合に参戦して、山雅の成長を見つめてきたんだと思います。

信毎紙面より(宮崎・小林陸上競技場)


この田中さんが、比較的ゆっくりとした元曲に、山雅ならでわの詩を乗せて作り上げたチャント『中央線』。ワタシ的な勝手な憶測ですが、中央線を走る特急あずさのイメージも加えて、中央(首都圏)から地方(松本)へと流れを引き寄せよう…というような気持ちも有るんじゃ無いかな、などとと思っています。(^^;)


ウーン… 何度聞いても名曲・名歌詞ですね。(^。^)
この原曲はTHE BOOMと矢野顕子が歌っていて、初めに聴いたのはBOOMの方でした。哀愁のある、何となく“彼女との別れ”を感じさせる感じなんですが、よくぞ応援チャントにまで昇華させてくれたと思います。田中さんの感性、素晴らしいっ!(^_^)

私たち一般サポーターが、気持ちよく観戦して気分良く家路につけるのも、裏方のチームバモスの皆さんの力があってこそ。いつもとても感謝しています。m(_ _)m

以前にも書きましたが、私のプロサッカー観戦初体験はザスパ草津J2に昇格した2005年、アルウィンでの甲府vs草津の試合でした。(奇しくもチームバモス誕生の年)
座ったのはメインスタンドの、今で言う山雅側。(当時甲府にはブラジル人のバレー選手が居て、息子が声を掛けたら手を振ってくれたことを覚えています)私は昇格したての草津を応援していたんですが、草津が良い所まで行った時、拍手をしたら周りは誰もしていない…軽いアウェイの洗礼でした。(^_^;)

試合後そこで感じたのは、熱く応援できるプロサッカーチームがこの松本にあればなぁ…という気持ちと、隣のサブグラウンドで信越リーグを闘っていた松本山雅があり、そうだ、このチームを応援しよう!という気持ちでした。
その松本山雅がいよいよJ2の舞台へ…
さあ、山雅劇場第二部の幕開けです!来季も熱く、One Soulで応援し続けましょう。(^。^)/

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